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瑠璃姫と真秀

 瑠璃姫は子供の頃、鬼ごっこや石蹴りをしていたが、年頃になるとさすがにできず、たまにお忍びで外出する程度だ。しかも、琴も裁縫も書道も嫌いで、読書や絵に熱中する様子もない。毎日は、非常にエネルギーを持て余したものだろう。
なんて素敵にジャパネスク」1巻で、瑠璃姫はいつもいらいらしている。直接的には結婚問題のせいだが、もっと根本的な理由はエネルギーを持て余していることではないか。
 さらにいえば、瑠璃姫は平安貴族社会に対する痛烈な批判者だが、彼女の生活は(独身時代も結婚後も尼寺に行ったとしても)父親の財力抜きには成り立たない。耕作にいそしむ民草を思う視点はあるが、自分で手を動かして生きる糧を手に入れられるわけではない。そういった矛盾が瑠璃姫のウイークポイントなのではないかと思う。
 幼い頃から肉体労働に励んできた真秀は、そんな瑠璃姫とは対照的だ。真秀について、「氷室冴子読本」収録の萩尾望都先生との対談で、「生きてくために食べなきゃいけない、そういうことでがんばるという、とってもピュアなかたちで女の子に役割を負わせられます。」との発言がある。瑠璃姫の正反対だ。ジャパネスクを中断した氷室先生は、自らの手を動かして食べ物を得る力を持った真秀を書くことで、何らかの救いを得ていたのかもしれない。

源氏物語とジャパネスク 3

「身軽な狩衣姿」「長身ですっきりした身のこなし、整った目鼻だち、はっきりいってすごい美男子(ハンサム)だ」。雑色に身をやつした鷹男の、瑠璃姫から見た第一印象だ。
「この何日かってもの、考えることといったら、守弥とかいう者のことばっかりだった」「あの、峯男にそっくりな守弥に会うなんて、考えただけで、どきどきしてしまう」これは、3巻の人妻編からの引用だ。
「質素ないでたちながら、その男はかなり、イイ男だったのだ。/顔は、凛々しい筋肉質のタイプ。/エラが少し張りぎみだけれど、ヤボッたくはない。/きりりとした濃い眉なんかは、なかなかに見どころある気骨を感じさせる」5巻に登場する師の宮の従者、邦利光に対する、瑠璃姫のコメント。
 これらを並べてみると、瑠璃姫は中の品の男が好みなのだろうかという疑問がわいてくる。「源氏物語」雨夜の品定めの男たちの向こうをはるかのように。
 たぶん、身分高い貴族男性の多くは、優雅で軟弱で女々しく、全く瑠璃姫の好みではないのだろう。邦利光の描写は、生命力にあふれる活動的な人に、男性としての魅力を感じる好みが、よくあらわれている。
 高彬、そんな瑠璃姫と結婚できて、よかったね。

 

「本の雑誌が作る夏の100冊!」に氷室冴子「海がきこえる」が選出

本の雑誌375号

 現在発売中の「本の雑誌」2014年9月号の特集「本の雑誌が作る夏の100冊!」で、大森望氏と浜本茂編集長の推薦により、「海がきこえる」が選ばれています。
 大森望氏は、拓と里伽子たちの高校のモデルとなった土佐高校の出身です。(そして京都大学へ進学。やはり松野は京都大学なのではないかなあ)

 浜本茂編集長は、以前投稿欄「三角窓口」のコメントで、「氷室冴子よ、永遠なれ!」と書いていらっしゃいました。
 本の雑誌には、これからも氷室先生のお名前が登場するかもしれません。

アニメージュ 2008年8月号 追悼・氷室冴子さん

 藤花忌で教えていただいた。
 望月智充(アニメ版監督)・近藤勝也(イラスト・アニメ版作画監督)・高橋望(アニメ版プロデューサー)・三ツ木早苗(徳間書店の担当編集)による対談がメインだ。連載が始まる前、近藤氏によるイラストに触発されてイメージが膨らんだエピソードなどが語られている。
 そのほかアニメージュ連載時・アニメ版の「海がきこえる」の紹介、「氷室さんが語った、『海がきこえる』アニメ化に寄せて」のコラム。三村美衣による、「少女の『今』と『心』を描き続けた不世出の作家」の評論などで構成されている。
 三村美衣さんによる評論の最後の段落、「・・・長い沈黙に入ったが、それも新作のために必要な充電期間だと思っていた。好きな作家はいっぱいいるが、それでも氷室冴子に代わる存在はない。残念でならない」という言葉にうなずかない氷室ファンがいるだろうか。もう書く必要がないかもと思うくらい、私がこのブログで書きたいことのほぼすべてを言い尽くしてくださっている。(あと少し書くけれど)

山内ジャパネスク

なんて素敵にジャパネスク 人妻編 4 (白泉社文庫 や 2-14)

 山内直実先生の、漫画版なんて素敵にジャパネスクを再読している。
 昔は、「○○が美形」などということばかり考えて読んでいたが、すごく勉強になる。たとえば、御簾や几帳がどんなものか、一目でわかる。漫画だと、小説ではスルーできることも書き込まなければならない。
 たとえば、右大臣家の従者の問題だ。
 太秦に三条邸炎上の報が届くシーンや、吉野から帰京する瑠璃姫と小萩が高彬の車と出くわすシーンで、右大臣家の従者が出てくる。小説は瑠璃姫視点で描かれており、「早馬の一人」とか「使いの者」とか「従者」とか、使いの者としか書かれない。(瑠璃姫はたぶん彼らの名を知らない)が、漫画だと政文なのか将人なのか守弥なのか、その場限りの名無しのキャラクターなのか決める必要が出てくる。山内先生のご判断で決めたのだろうか。面白い。

 

古本ぺんぎん堂

 

 http://penguindou.com/?mode=f7

 氷室先生の著作年表を掲載されている、オンライン古本屋さんです。
 アンソロジー・解説。エッセイ集などに収録された作品もとても充実したラインナップです。
 店主の方による解説がついている上、そのまま購入できる書籍も多いです。
 

 

「源氏物語」とジャパネスク 2

 桐壷女御は、かなりはっきりと桐壷の更衣を連想させるよう書かれている。名前と、後宮での頼りない立場。大納言の女(むすめ)として入内すると、立場が弱い。
 作中にはもう一人、大納言の女が登場する。そう、瑠璃姫である。何不自由ない姫君のイメージがあったが、今回再読して、登場時には大納言の女(2巻で内大臣の女になる)だと気づいた。本人も親もそもそも後宮入りを考えないから、大納言の女であることをひけめに思う必要がないのだが。
 また桐壷女御(絢子姫)は、帝の妻でありながら、帝の近親者と密通して子供を産んでしまう、藤壷中宮にも似ている。桐壷更衣と藤壷中宮の両方と共通点をもつ女性、絢子姫がたどった運命は、源氏物語よりもさらにドラマティックかもしれない。