「クララ白書」信頼できない語り手としてのしのぶ

 

アグネス白書〈1〉 (Saeko’s early collection〈volume.5〉)

 

 しのぶは、光太郎のことをどう思っているのか?

 「好きだ」「付き合ってほしい」というはっきりした言葉や、キスなどの関係はないようだ。だが、週末にしょっちゅう会い、光太郎が映画や食事やケーキをおごり、車を出し、会えないときは手紙を送る。光太郎はしのぶを友人に「妹じゃなくて、イモ(古語で恋人の意味)」と紹介するが、しのぶはイモと紹介されたことを迷惑だといい、里崎を理想の人といって光太郎を激怒させる。

 光太郎は、どうみても恋人として尽くしているのに、しのぶからはそっけなく扱われている気の毒な男なのだろうか。私は、必ずしもそうとはいえないと思う。

 「アグネス白書」で、恋人連れの西藤に会ったしのぶのモノローグに注目したい。「思えば、恋人ですかと言われて、はい、そうです。と照れもせず言える人は、そう多くはないだろう。/やっぱり、友達だよとか、後輩だとか言うのが普通で・・・・・・。」

 この言葉をそのまましのぶに当てはめれば、たとえ恋人がいてもストレートにそれを認めない のが、普通ということになる。恋人について正直に語らない、信頼できない語り手であることをしのぶはさりげなく告白しているのだ。ここを念頭において後にでてくる「イモ」のくだりを読むと、見方も変わってくる。光太郎君、けっこう愛されているかもよ。