「シンデレラ迷宮」におけるE・ロチェスター

シンデレラ迷宮 (集英社文庫―コバルト・シリーズ)

 

「シンデレラ迷宮」では、未亡人の奥方として登場する女性が、終盤で「ジェイン・エア」のジェインであると明かされる。ジェインの語るロチェスターは、愛されていると錯覚させるほど優しい人だったが、彼の心は狂人の妻バーサにあった。館に火を放ってロチェスターを殺したのは、ジェインだった。この展開には、孤独だったうえに失恋した利根の絶望が反映しているが、最後に利根は希望を取り戻して、ジェインと新しい恋を見つけにいくことを約束し、迷宮を脱出する。続編「シンデレラミステリー」では、ジェインは新しい友人達をみつけ、次の人生を歩んでいる。

「シンデレラ迷宮」のあとがきには、バーサを主人公にした小説「広い藻の海」について言及されている。内容に関する氷室先生の感想は書かれていない。この小説は、1998年に新訳「サルガッソーの広い海」がみすず書房から出版され、池澤夏樹編集の世界文学全集にも2009年に収録され、とても手に入れやすくなった。作者ジーン・リースはバーサと同じカリブ海の植民地出身の白人だ。読むと、バーサを狂気に追い込んだ原因の一端は、確実にロチェスターにあると感じる。

 「ジェイン・エア」のバーサは閉じ込められた狂気の存在としてわずかに登場するだけだが、「シンデレラ迷宮」のロチェスターは、最初から最後まで死者であり、ジェインの記憶の中にだけ登場する。氷室先生はロチェスターについて、しのぶのように単純に「理想の男性」とは思っていなかったのだろうと想像する。