承香殿の女御(「なんて素敵にジャパネスク」氷室冴子より)

なんて素敵にジャパネスク 〈8〉 炎上編 (コバルト文庫)

 「なんて素敵にジャパネスク8 炎上編」のあとがきでは、続編はアンコール編となることが予告されている。結局発表しないまま氷室冴子先生は逝去されたが、誰を主人公とした作品が構想されていたのだろうかと、あれこれ想像が膨らんでしまう。
 私が一番読みたいのは、承香殿の女御の一人称で語る番外編だ。高彬の二番目の姉であり、鷹男の帝の女御でおそらく中宮最有力候補。鷹男と右大臣家はこの人の入内によって結びつき、お互いに権力を確かなものにした。しかし、子供を産んでおらず、そのことが帥の宮編の悲劇の一因となる。
 承香殿の女御は、ジャパネスクのストーリーのキーパーソンの一人なのに、瑠璃姫とは一度も対面していない、つまり物語にはまだ一度も登場していない人物だ。この人の人生にはいくつものドラマがあったことが想像できる。
 右大臣家の姫君に生まれついたものの、当然姉の聡子が東宮妃になるものと思って育てられただろう。しかし、姉が他の男性にひとめぼれして、いきなり入内することになり、どんなことを思ったのか。
 凛々しい美男で賢く、気骨のある東宮、鷹男にきっと恋しただろう。一番の権勢を誇り、姑の大皇の宮にも気に入られているが、自分以外に多くの愛人がいる後宮生活には複雑なものもあったかもしれない。東宮との関係が一番長く、皇子を産んだ淑景舎との関係はどうだったか。悪意はまったくないのに、右大臣家の勢力があるというだけで、淑景舎に肩身の狭い思いをさせているのを感じ、はがゆく感じただろうか。
 母に溺愛された弟、高彬が実家の反対を押し切って、幼ななじみで物の怪憑きと評判の瑠璃姫と結婚したとき、何を考えただろうか。
 そして、皇子を産むことを期待されて入内したのにこどもができない苦しみは、ひどいものだったろう。妹、由良姫の入内話とその家出は苦しみにおいうちをかけたに違いない。炎上編は、承香殿の女御の懐妊のうわさで、希望を含んだ終わりとなっているが、女御自身はそれまでの苦しみや、鷹男の苦悩を考えて、瑠璃たちほどめでたしめでたしとは思えないのではないだろうか。
 権門の姫として何不自由なく育ち、後宮でもっともときめく人にもいろいろなドラマがある。もし氷室冴子先生がこんなのをお書きになっていたら、面白かったろうな……と思う。