「蕨ヶ丘物語」年代確定

 蕨ケ丘物語 (集英社文庫―コバルト・シリーズ)

 「蕨ヶ丘物語」の小梅ばあさんは、孫娘には「生きた明治維新」と思われているが、実は大正元年生まれだ。1912年の5月に生まれたの親友イネさんは明治45年、同じ年の11月生まれの小梅ばあさんは大正元年生まれとなり、「明治維新と大正モダニズム、この差は大きい」と自己規定している。キャラクターを強く意識した設定である。

 

 作中では、この大正元年生まれの小梅ばあさんが73歳だという。そこから、小説の中の時代を計算すると、1984年(昭和59年)と考えられる。

 

 これは、73歳が数え年であるという想定での計算だ。73歳が満年齢だと、1986年が作中の時期となるが、二つの理由で数え年説をとりたい。

 

 一つは、その年齢と性格から、小梅が自分の年齢を満で覚えているとは考えにくいことだ。

 

 もう一つは、第四話の雑誌掲載と単行本の刊行がともに1984年であるため、作中時代が1986年だと、2年先の近未来の話を描いたことになるからだ。わざわざこのような設定をする理由は想定しにくいため、発表時期と同年の1984年と考えるほうが妥当である。(ただし、「蕨ヶ丘物語」は1984年の6月から秋の終わり頃の話と推定されるが、第三話までは1983年中に雑誌掲載され、単行本も19846月の刊行である。おそらく第三話までは、厳密に作中の時期を確定させずに書いていて、1984年に発表された第四話で、その時点の年にあわせて小梅の年齢を設定したと想像される。こうして、結果的に氷室冴子は微妙に1年から数ヶ月近未来の話を描いたこととなる)