いもうと物語 失われる石炭の文化

 

いもうと物語 (新潮文庫)

 「いもうと物語」の「黒い川」で、チヅルは母清子に連れられて母方の伯母の家へ行く。そこで彼女がみたのは、斜陽になりつつある炭鉱町や、景気が悪くなって落ち込む伯父と家族の争いに悩む伯母、粗暴ながらも成長しようとする従兄だった。炭鉱労働者にはならない、差別的な使用者にもならない、大工かすし屋になると主張する従兄の幼いなりの抵抗は、読者の心をうつ。

 

 伯母は、相談相手に清子を選ぶが、その理由は「他の姉妹の嫁ぎ先は市役所づとめだのなんだのだから相談しづらい」からだ。チヅルの父は国鉄の機関士だ。チヅルは父の職業を心から誇りに思い、機関室に入れてもらったことを喜ぶ。だが、機関士も、日本の経済成長につれて電車に取って代わられる運命の職業だ。「冴子の東京物語」所収の「父の国鉄物語」をあわせて読むと、さまざまな切ない人間模様が見える。

 

 「いもうと物語」第一話は、「石油ストーブが来た日」である。家のメインストーブを石炭から石油に切り替えてみたものの、うまくつけることができず、火力が弱いとヒステリーを起こしそうになる清子。しかし、父は寒い朝にたきつけの仕事をしなくていい、炎が青く美しいと、おだやかにとりなす。石炭と、それにまつわる文化や産業の衰退を、静かに受け入れる将来を象徴しているかのような一話である。