「エリノア」谷口ひとみ

 復刊ドットコムで、谷口ひとみ「エリノア」の復刊を知り、注文した。氷室冴子先生が「クララ白書」(1980年版)のあとがきで、その衝撃を熱く語っていた作品だからだ。主人公が目もあてられない醜女だったこと、天使のように美しくなること、救いのない結末であること、それでも読み返さざるをえない作品であったことが書かれている。
 しばらく待って、「エリノア」がとどいた。48ページの「エリノア」本編の他に、同じ作者による詩、週刊少女フレンド掲載の追悼記事、復刊に尽力されたさわらび本工房氏の文章二編が収録されている。

「エリノア」は、1966年に週刊少女フレンド新人まんが入選作として、掲載された。当時作者は17歳、氷室先生は9歳頃のはずだ。醜いエリノアは、わずかな間だけ魔法で美しくなり、恋する王子と踊る機会を得る。が、物語の結末は残酷で悲劇的なものだ。「シンデレラ」と「人魚姫」を連想させるストーリーだが、エリノアの運命は人魚姫よりもはるかに救いがない。氷室先生が9歳でこの物語に強い印象をうけたというのは、早熟にも思えるが、9歳だったからこそ衝撃的だったのかもしれない。

  さわらび本工房氏の文章では、復刊にいたった経緯や池田理代子氏・里中満智子氏との交流のほかに、ご遺族が初めて明かした死の背景が書かれている。その背景をご存知でなかったはずの氷室先生が、「あのどうにもならない運命論的な結末には、谷口ひとみさんの内的必然性があったのかもしれない・・・」とお書きになっているのは、慧眼というほかない。また、さわらび本工房氏の「一つの作品にここまで身を削る創作態度が職業としての作家に向いていたかどうかが疑問」という指摘も鋭いと思った。
 純粋に作品のみを読んで衝撃をうけた当時の氷室先生を含む少女たちと同じ読みかたはできないが、作者の生き方とあわせて、「エリノア」は私にとっても忘れがたい作品となった。復刊ドットコムでまだ買えるようなので、ご興味のある方はぜひ手にとってもらいたいと思う。

http://www.fukkan.com/fk/CartSearchDetail?i_no=68311186

 

 

「海がきこえる」大学・高校のモデル

海がきこえる (徳間文庫)

 拓たちが通っていた高知の高校のモデルは、土佐高校。地域一の進学校だ。
 高校時代の拓は特別に映画が好きとか、何かを創りたいとかいう様子がないのに、大学では非常にクリエイティブなコース(モデルは日大芸術学部)にいるのが不思議だった。
 HP「海がきこえるを歩く」を読んだら、当時の氷室先生の担当編集者の出身校をモデルにしたという裏話がのっていた。長年の謎が解決。
 里伽子の大学のモデルは、大学の位置や校風の描写から、東京女子大だ。「クララ白書」白路の志望校でもある。里伽子と白路が出会ったら、どんな会話をするのか想像もつかない。
 松野の進学先は、具体的には書かれていないが、京都大学ではないかと私は推測する。六年生の夏、国立志望の人がよくいく大阪の予備校に通っている。土佐高の進学実績を考えると、やはり第一志望は京大ではないか。そして、志望大学に合格し、進学している。
 ここで、里伽子が東京で通っていた高校はどこかという疑問がでてくる。成城から通学可能で、共学で、成績がいい。国立や都立の学校にしては、校風がお嬢様お坊ちゃますぎる気がする。青山学院高等部は、イメージぴったりだが、ほとんどが青学に進学する学校だ。ジャニーズ岡田の「あ、杜崎くんもさ。おなじ受験だろ?同じ大学であえたら、おもしれーな」というせりふは、受験が当然の進学校のもので、大学付属高ではないと思う。
 私学・共学・進学校という条件を満たす学校として、ICU説を提唱してみたい。里伽子は私大文系志望で成績がいいので、英語も得意だろうし。でも、学校の雰囲気は、少しちがうかな・・・。これも謎です。

「銀の海 金の大地」における妊娠・出産(2) 

銀の海 金の大地 4 古代転生ファンタジー (古代転生ファンタジー/銀の海 金の大地シリーズ) (コバルト文庫)

 お産で命を落とした人に、御影・大闇見戸亮姉妹を産んだ加津戸亮がいる。現代で双子を産むときは、予定帝王切開が多いが、セルフ帝王切開・・・ううう・・・。 
 また、物語に直接登場しない人物だが、美知主、真若王、五百依姫、御井津姫の母に当たる息長の巫女姫に注目したい。
 同母兄妹である美知主と御井津姫の年齢差は実に27歳だ。出産開始が15歳くらいで、最後の出産が40代前半と仮定すれば、ありえない年齢差ではないが、かなりすごい体力だと思う。御影や大闇見戸亮が40代前半でほとんど老女として扱われているのを考えれば、なおさらだ。
 この人は御井津姫を出産して亡くなっている。御井津姫は、そのことを「しょうがないわ、お母さまはもう、おトシだったんだもの」とあっけらかんと受け入れている。母がいないかわりに兄や姉に愛されて育った彼女のキャラクターを表しているし、お産による死が特別なことでない様子もわかる。

「銀の海 の大地」における妊娠・出産(1)

「銀の海 金の大地」イラスト集

 9巻「迷い込んだ小鳥」で、妊娠している氷葉州姫は、酒を一気飲みする。長老の振熊が制止しても、醸酒はとても気持ちが休まるといって聞かない。この時代、妊娠中の飲酒についてどれほど知識があったかわからない。だが、この飲酒シーンは明らかに、氷葉州姫のねじまがった性格を表現している。「海がきこえるIIアイがあるから」で妊娠中の美香が飲酒するシーンは、氷室先生の筆がすべった感じがあるが、それとははっきり違う。
 氷葉州姫は、初めての胎動を、佐保姫誘拐をごまかすのに利用する。胎動に感動する妊婦ばかりではないと思うが、ここにも氷葉州姫の性格のゆがみを感じる。
 そして、この氷葉州姫は、難産に苦しんだ描写がない、「銀の海 金の大地」には珍しい妊婦だ。それほど難産描写が多い。
 美知主の子、日触を産む八津女は、25・6歳だが、この世界では高齢出産扱いだ。赤ん坊の頭が爪の先ほど出た状態で止まっていると聞き、戦場に慣れた美知主もぞっとする。これは会陰切開できればすぐに産まれるのではないだろうか。近代医学のない世界でお産をしてきたすべての女性を、心から尊敬する。
 大闇見戸亮が佐保姫を産むときも、命を落とすかと危ぶまれるほどの難産だった。それがきっかけで、御影と真澄が殺されかける。
 穂波の母には、自分の死期の予言を聞いて受け入れたエピソードがあるが、そもそも病を得たきっかけは穂波の出産だった。つくづく命がけだ。
「羽衣の姫」も難産のシーンから始まる。須久泥王の祈りが通じたのか、珠姫は無事に産まれるが、高額姫は以降病がちになってしまう。しかし、須久泥王が葛城の男たちに祝福されたり、親子で生きるために運命と闘う決意をして歌凝姫と和解したりというストーリーは、赤ん坊の誕生という希望なしにはありえなかっただろう。

 

「海がきこえる」里伽子父の相続

海がきこえる〈2〉アイがあるから (徳間文庫)

 

 非嫡出子の相続に関する規定が変わるというニュースをみて、思ったこと。イタリア料理店のシーンで、お腹に子供がいる美香は、さらっと籍については相談中だといっている。だが、入籍するとしないでは相続が雲泥の差になる。

 里伽子の父の資産を9000万円とする。(成城の億ションが値下がりしたとの想定。割りやすい数字にした)

☆1 里伽子父と美香の間に認知された子供が一人いた場合。胎児にも相続権はある。

 ・事実婚ならば、里伽子と貢が3600万円ずつ、美香の子供が1800万円、美香はゼロ。

 ・入籍すれば、里伽子と貢と美香の子供が1500万円ずつ、美香が4500万円。

☆ 2美香に子供がいない場合。

 ・事実婚ならば、里伽子と弟の貢がそれぞれ4500万円ずつ、美香はゼロ。

 ・入籍すれば、里伽子と貢が2250万、美香が4500万。

 里伽子の祖父が亡くなったとき、相続でごたごたしたらしいが、里伽子父が亡くなってもきっともめるな・・・。

 里伽子父の親族は、里伽子母と授かり婚したときも文句をいったらしく、うるさいようだ。親族に遠慮して、元不倫相手の美香は入籍しづらいのだろうか、などと邪推してしまう。

 美香さん、悪いこと言わない、相手が二度目だからこそ入籍しとけ!

他の方の作品に登場する氷室先生とその作品 小ネタ集

京都人だけが食べている (知恵の森文庫)

西村しのぶ先生「サード・ガール」の主人公夜梨子は、「多恵子ガール」を読んでいる。西村先生は「ガールフレンズ」の表紙も描いている。きれいなガールつながり。

入江敦彦先生「京都人だけが食べている」吉加寿お好みという店の紹介文のサブタイトルは「奇跡の高城さん」だ。「気取らない差し向かいの美味と会話が、きっと恋人を”高城さん”にしてくれる」。行ってみたい。

小学館新編日本古典文学全集39「住吉物語 とりかへばや物語」の月報に「おれがあいつであいつがおれで」作者の山中恒先生が、文章を寄せている。氷室先生が「ざ・ちぇんじ!」を山中先生へ進呈したエピソードが披露されている。

 

 

「シンデレラ迷宮」におけるE・ロチェスター

シンデレラ迷宮 (集英社文庫―コバルト・シリーズ)

 

「シンデレラ迷宮」では、未亡人の奥方として登場する女性が、終盤で「ジェイン・エア」のジェインであると明かされる。ジェインの語るロチェスターは、愛されていると錯覚させるほど優しい人だったが、彼の心は狂人の妻バーサにあった。館に火を放ってロチェスターを殺したのは、ジェインだった。この展開には、孤独だったうえに失恋した利根の絶望が反映しているが、最後に利根は希望を取り戻して、ジェインと新しい恋を見つけにいくことを約束し、迷宮を脱出する。続編「シンデレラミステリー」では、ジェインは新しい友人達をみつけ、次の人生を歩んでいる。

「シンデレラ迷宮」のあとがきには、バーサを主人公にした小説「広い藻の海」について言及されている。内容に関する氷室先生の感想は書かれていない。この小説は、1998年に新訳「サルガッソーの広い海」がみすず書房から出版され、池澤夏樹編集の世界文学全集にも2009年に収録され、とても手に入れやすくなった。作者ジーン・リースはバーサと同じカリブ海の植民地出身の白人だ。読むと、バーサを狂気に追い込んだ原因の一端は、確実にロチェスターにあると感じる。

 「ジェイン・エア」のバーサは閉じ込められた狂気の存在としてわずかに登場するだけだが、「シンデレラ迷宮」のロチェスターは、最初から最後まで死者であり、ジェインの記憶の中にだけ登場する。氷室先生はロチェスターについて、しのぶのように単純に「理想の男性」とは思っていなかったのだろうと想像する。